mTORについて
哺乳類などの動物で細胞内シグナル伝達に関与するタンパク質キナーゼの一種です1。
mTORは、細胞の成長、増殖、代謝、老化などの多くの生理的プロセスにおいて中心的な役割を果たします12。
mTORの主な機能
- タンパク質合成の促進: mTORは、リボソームの生産とタンパク質合成を促進し、細胞の成長を助けます1。
- オートファジーの抑制: mTORは、細胞内の不要なタンパク質やオルガネラの分解を抑制します1。
- 細胞のエネルギー状態の調整: mTORは、栄養素やエネルギー状態に応じて細胞の代謝を調整します2。
mTORの複合体
mTORは、mTORC1とmTORC2という2つの異なる複合体を形成します1。
- mTORC1: タンパク質合成を促進し、細胞の成長を制御します。ラパマイシンに感受性があります1。
- mTORC2: 細胞の増殖や生存を調節し、細胞骨格の調整にも関与します。ラパマイシンには感受性が低いですが、長時間の処理で阻害されることがあります1。
mTORC1
mTOR複合体1(mTORC1)はmTOR、mLST8/GβL(mammalian LST8/G-protein β-subunit like protein)、Raptor(regulatory associated protein of mTOR)およびPRAS40とDEPTORからなる。この複合体は、栄養・エネルギー・酸化還元状態に関する情報により、リボソームの生産とタンパク質生合成を促進し、タンパク質分解を抑え細胞成長を促す。mTORC1はラパマイシンにより阻害され[1]、また低栄養状態、成長因子の不足、還元ストレス等の刺激により抑制される。これらの刺激があるとmTORとRaptorの相互作用が弱くなりmTORキナーゼが活性化される。逆にこれらがなくなると相互作用が強まることにより、mTORキナーゼは不活性化される。mTORC1の重要な標的にはp70-S6キナーゼ1 (S6K1)や4E-BP1(真核生物翻訳開始因子4E[eIF4E]結合タンパク質1)がある。mTORC1はS6K1をリン酸化し、これにより活性化されたS6K1はS6リボソームタンパク質や他の翻訳関係成分の活性化を通じてタンパク質合成を開始させる。また、リン酸化されていない4E-BP1はeIF4Eに結合し、これが5'キャップ構造を持つmRNAに結合するのを妨げでいるが、mTORC1が4E-BP1をリン酸化すると、eIF4Eの機能が回復する。
mTORC2
mTOR複合体2(mTORC2)は主にmTOR、GβL、Rictor(rapamycin-insensitive companion of mTOR)、およびmSIN1(mammalian stress-activated protein kinase interacting protein 1)からなる。mTORC2も成長因子や栄養状態により調節を受けるが、ラパマイシンによる阻害は受けない[1]。一方で、長時間のラパマイシン処理によって阻害されることが報告されている。TORC2は細胞の増殖や生存の調節に重要なセリン・スレオニンキナーゼであるAkt(別名タンパク質キナーゼB[PKB])をリン酸化し、これによりAktの別位置のリン酸化が促進され、Aktは完全に活性化される。mTORC2は細胞骨格の調節にも関与する。
医療への応用
mTORは、がんや糖尿病、神経変性疾患などの治療ターゲットとして注目されています2。
mTOR阻害剤は、抗がん剤や免疫抑制剤として実用化されており、エベロリムスやシロリムスなどが臨床で使用されています1。
様々な生物種でTORホモログが広く同定されたのを受け、HUGO遺伝子命名法委員会 (HGNC)は2009年に本遺伝子の公式名をMTOR(mechanistic target of rapamycin)に決定した。なお、HGNCによる公式名称では、Mはmechanistic(物理的、機械的、機構的)の略であり、当初一般的であったmammalian(哺乳類の)ではない。