インスリンシグナルにおける転写因子 FoxO1の役割
FoxO タンパク質は forkhead ドメインを有する転写因子
群の O サブファミリーに属する転写因子であり(Forkhead
bOX-containing protein, O subfamily),その転写活性は基本
的にはセリン/スレオニンキナーゼである Akt(PKB;protein kinase B)によるリン酸化と,それによって惹起され
る核から細胞質への移行により調節されている.つまりイ
ンスリンにより Akt が活性化されると,FoxO タンパク質
は核内でリン酸化されて細胞質へ移行し,不活性型となる.
これまでに FoxO タンパク質は細胞の増殖,
分化,アポトーシス,ストレス抵抗性等を調節する非常に
多機能なタンパク質であることが明らかとなっていたが,
さらに最近の研究成果から,このような細胞レベルでの基
本的な機能に加え臓器レベルにおいても多くのインスリン
作用に関わることが明らかとなってきた
インスリンとレプチンは共に視床下部弓状核に作用し
て,摂食抑制神経ペプチド Pomc の発現を促進し,逆に摂
食促進神経ペプチド Agrp を抑制することで摂食を負に制
御するホルモンである.レプチンは Jak2-Stat3経路を活性
化し,Stat3は核に移行してこれらの神経ペプチドの転写
を直接調節している3)
.一方,インスリンは視床下部にお
いて PI3キナーゼ/Akt 経路を活性化し,この経路がイン
スリンによる摂食抑制作用に重要であることが報告されて
いる4)
.マウスの脳において,FoxO1は視床下部の領域に
比較的優位に発現しており,実際に弓状核の Agrp ニュー
ロンと Pomc ニューロンに発現している.さらに,マウス
を絶食させておくと,FoxO1は Agrp ニューロンの核に優
位に発現しており,摂食させると細胞質に優位に発現する
ようになる5)
.恒常的活性型の FoxO1を発現するアデノウ
イルス(FoxO1-ADA)をラットの視床下部弓状核に直接
マイクロインジェクションするとラットの摂食量が増加
し,その結果として体重も増加する5,6)
.さらに FoxO1-
ADA 投与群では Agrp 遺伝子の発現量が増加しており,プ
ロモーター解析の結果,FoxO1は Agrp プロモーターと
Pomc プロモーターとの結合を Stat3と競合し合うことで,
直接これらの神経ペプチドの転写調節に関わることが明ら
かとなった5)
.つまり,レプチンは Jak2-Stat3経路を活性
化し,Stat3が核へ移行して,摂食を促進する神経ペプチ
ド Agrp の発現を減少させ,逆に摂食を抑制する神経ペプ
チド Pomc を増加させることで,摂食を抑制している.一
方,もともと FoxO1は Agrp を増加させて Pomc を減少さ
せているが,インスリンは PI3キナーゼ/Akt を介して
FoxO1をリン酸化し核から細胞質に移行させることで,
結果としてインスリンもレプチンと同じく Agrp を減少さ
せ,Pomc を増加させて,摂食を抑制している
肝臓においては,FoxO1は糖の新生に関わる PEPCK や
G6Pase の転写調節を介して,糖代謝をコントロールして
いる.その際,もともと核内受容体である PPARγ(peroxisome proliferators-activated receptor γ)の転写共役因子とし
て同定された PGC1が FoxO1の転写共役因子としても機能し,PEPCK の転写調節に関わっている
.さらに FoxO1は糖利用に関わる酵素であるグルコキナーゼや,糖から脂肪への合成に関与する転写因子 SREBP-1c の発現を調節す
ることで,脂質代謝もコントロールしている.
一方,アポリポタンパク質 CIII(apoCIII)の転写も調節することが報
告されており,インスリン抵抗性状態における高脂血症の
発症に FoxO1が関与する可能性がある.
これらの FoxO1の代謝作用はマウスを用いた vivo の系でも確認されてお
り,恒常的活性型 FoxO1変異体を肝臓に発現するトラン
スジェニックマウスでは耐糖能が低下しており,同じ変異
体をアデノウイルスを用いて肝臓に強制発現させると,著
明な脂肪肝を発症する)
.
このように,FoxO1は肝臓に
おける糖代謝と脂質代謝を複数のステップで制御している
と考えられる.