大腸癌に対する分子標的療法薬
使われる薬剤は、作用の違いで大きく2種類に分かれます。
細胞の分裂・増殖過程に働きかけ細胞の増殖を抑える「殺細胞性薬(いわゆる抗がん剤)」と、がん細胞の発生や増殖にかかわる特定の分子だけを攻撃する「分子標的薬」です。
難治性大腸がんの薬物療法は殺細胞性薬と分子標的を組み合わせて行われます。
また、大腸がんでは、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)が約3%に認められています2)。MSIとは、DNAの複製の際に生じる塩基配列の間違いを修復する機能の状態を表しており、MSI-Highは、マイクロサテライトの繰り返し回数に異常が起こった状態のことをいいます。
MSI-Highの場合には、免疫チェックポイント阻害薬を投与する場合もあります。免疫チェックポイント阻害薬は、患者さん自身の「免疫」の力を利用します。がんによって弱まった免疫の攻撃力を回復させます。がん細胞の検査で「MSI-High」という特徴が認められた患者さんが対象です
基本となる薬は、殺細胞性薬(抗がん剤)のフッ化ピリミジン系の代謝拮抗剤です。
フッ化ピリミジン系の代謝拮抗剤の投与方法には、「急速静注」「点滴による長時間投与(持続静脈投与)」「内服」があります。そして、フッ化ピリミジン系の代謝拮抗剤の作用を強める活性型葉酸製剤とともに使います
難治性と考えられたら基本薬の殺細胞性薬(抗がん剤)と作用が異なる分子標的薬の抗EGFR抗体薬または、抗VEGF抗体薬のいずれかを組み合わせて使います。マルチキナーゼ阻害薬は単剤での使用となります。
2018年5月16日、医学誌『JAMA Surgery』にて切除後大腸がん肝転移患者におけるBRAF遺伝子変異の有無が無病生存率(DFS rate)、全生存率(OS rate)に影響を与えるかどうかについて検証した研究の結果をだした。本試験は、切除後大腸がん肝転移患者(N=853人)に対してBRAF V600E遺伝子、KRAS遺伝子のステータスを後ろ向きに解析し、
BRAF V600E遺伝子変異を有する患者と有しない患者での無病生存率(DFS rate)、全生存率(OS rate)の違いについて検証
試験の結果よりGeorgios Antonios Margonis氏らは以下のように結論を述べている。
”BRAF V600E遺伝子変異の存在は切除後の大腸がん肝転移患者における生存率、再発率のリスクになる。
また、BRAF V600E遺伝子変異はKRAS遺伝子変異以上に生存率、再発率を決定する因子になり得ます。”。
つまり、
抗EGFR抗体薬は細胞表面にあるEGFRと呼ばれるスイッチをブロックし、がん細胞が増えるのを抑制します。
一方で、EGFRを抑制しても、別のタンパクに異常があると効果がなくなることもわかっており、治療前にRAS・BRAF遺伝子の異常の有無を検査し、異常がある場合には抗EGFR抗体を使用しないことになっている。
しかし、BRAF変異をある変異の側面で三つのタイプに分けるとまた話が変わりつつあります
BRAF遺伝子異常の抗EGFR抗体の効果を検証するには多くの患者さんのデータが必要でした。このため、愛知県がんセンターに加え、国立がん研究センター東病院を中心とした産学連携全国がんスクリーニングプロジェクト(SCRUM-JAPAN GI-SCREEN)・米国メモリアルスローンケタリングがんセンター・ハーバード大学と国際共同研究を行い、5000例を超える遺伝子パネル検査を行った大腸がん症例を解析したところ、タイプ2またはタイプ3のBRAF遺伝子変異を有し抗EGFR抗体を使用された患者さんが40人見つかりました。
40人の患者さんにおける抗EGFR抗体の効果を解析したところ、タイプ2の患者さんでは12人中1人のみ効果があったのに対し、タイプ3のBRAF変異を有する患者さんでは28人中14人と多くの症例で抗EGFR抗体の効果があることが判明しました。
RAF(ラフ)は、細胞の増殖を促進するシグナル伝達に関わるタンパク質の一つです。
RAFタンパク質には、「ARAF(エイラフ)」、「BRAF(ビーラフ)」、「CRAF(シーラフ)」の3種類があります。
3種類のRAFタンパク質をコードする遺伝子のいずれかに変異が起こると、変異型のRAFタンパク質が作られ、恒常的に細胞の増殖を促進するシグナル伝達経路が活性化し、がんが発生しやすくなると考えられています 種類のRAFタンパク質をコードする遺伝子のうち、遺伝子変異が確認されているのは主にBRAF遺伝子です。BRAF遺伝子の変異は、悪性黒色腫、甲状腺がん、大腸がん、肺がんなどで確認されています2)3)。有毛細胞白血病(Hairy cell leukemia)では、ほとんどの場合にBRAF遺伝子の変異が確認されます
検査でBRAF遺伝子が検出された悪性黒色腫患者さんにはベムラフェニブ、ダブラフェニブメシル酸塩、トラメチニブ ジメチルスルホキシド付加物、エンコラフェニブ、ビニメチニブが、非小細胞肺がん患者さんにはダブラフェニブメシル酸塩、トラメチニブ ジメチルスルホキシド付加物が6)7)、
大腸がん患者さんにはビニメチニブ、エンコラフェニブという分子標的薬が保険適用となっています。
これらの薬剤は、BRAFタンパク質のキナーゼ部分やBRAFタンパク質の下流で働くMEKタンパク質に作用して細胞内のシグナル伝達を妨げる機序により、BRAF遺伝子変異陽性のがんに効果を示す可能性があると期待されます