神経ベーチェット病について
神経ベーチェット病
ベーチェット病の約10-20%に認められる。約2-5倍男性に多い。20-40歳が好発である。
神経症状は発症後3-6年後に出現する(ベーチェット病診断後)ことが多いが、神経症状が初発となる場合もある。
神経ベーチェット病の分類は実質性病変(脳幹、大脳、脊髄病変)80%と非実質性病変(血管病変、動脈瘤など)20%に分かれ、実質性病変はさらに急性型、慢性型に分かれる。急性型は髄膜炎症状+局所症状を示し、ステロイド反応性良好である。慢性型は急性型の経過の後に神経障害、精神症状が進行する。脳幹、大脳、小脳の萎縮を伴い、髄液IL-6>20pg/ml(SLEなどでも上昇する)などが特徴的な検査所見となる。
ステロイド抵抗性でありMTX少量パルス療法が(7.5-15mg/week)が有効とされている。眼ベーチェット病と用いられるシクロスポリンは神経ベーチェット病を増悪、誘発させる。
神経ベーチェット病の類縁疾患に神経Sweet病(neuro-Sweet disease)がある。Sweet病は発熱、末梢好中球増加、好中球浸潤性紅斑などを呈する全身性炎症性疾患だが[14]、脳炎や髄膜炎を併発した場合は神経Sweet病と呼ばれる[15]。ステロイド系抗炎症薬の投与で良好な経過をとることが多い点やヒト白血球型抗原(HLA)のタイプでB54とCw1の頻度が際立って高いことなどが知られているが[15]、これらを含む複数の危険因子が発症に関与していることが示唆されている[16]。
神経ベーチェット病とは頻度の多いHLAは異なるが、他の共通の発症因子を有する一つの疾患スペクトラムを構成していると考えられている[16]。
神経ベーチェット病と神経スウィート病
久永 欣哉
(臨床神経 2012;52:1234-1236)
Key words:神経ベーチェット病,神経スウィート病,ヒト白血球型抗原,細胞障害性Tリンパ球
ベーチェット病とスウィート病
ベーチェット病とスウィート病はいずれも皮膚粘膜病変や
神経病変をおこしうる全身性炎症性疾患であり,発症には連
鎖球菌などの感染をきっかけに惹起される免疫学的機序が関
与すると推定されている.急性期は好中球の機能亢進による
組織障害が主体であり,これを反映する症状である口腔内ア
フタ,浅い外陰部潰瘍,針反応陽性などが共通にみられる.末
梢血では好中球増加,CRP 上昇,血沈亢進などが高率にみら
れる1)2).
皮膚症状としてはベーチェット病では結節性紅斑様皮疹が
みられ,その病理所見は隔壁性脂肪織炎であり,真皮および皮
下脂肪織の毛細血管および中血管周囲への白血球浸潤や壊死
性血管炎がみられる.一方,スウィート病では有痛性隆起性紅
斑が顔,頸部,体幹上半分,上肢などにみられる.病理像は真
皮浅層への成熟好中球の密な浸潤で,上皮は保たれ,血管炎の
所見は示さない.紅斑の予後は良好で,通常は瘢痕を残さず治
癒するが,約 20~30% に紅斑の再発がみられる.
合併する眼疾患はベーチェット病ではぶどう膜炎,ス
ウィート病では強膜炎・結膜炎が多いとされる.
神経ベーチェット病の臨床所見
ベーチェット病患者の 10~25% に脳炎や髄膜炎などの神
経症状がみられ,神経ベーチェット病と呼ばれる.20~30
歳代に発症することが多く, 男女比は 3.4:1 と男性に多い.
皮膚粘膜症状が先行することが多いが,症例によっては神経
症状が先行することもある.障害される好発部位は基底核,視
床,脳幹(とくに上部,腹側部)などで,中心になる症状は両
側の錐体路症状であり,感覚障害はめだたない.他に頭痛,眼
球運動障害,眼振,顔面神経麻痺,構音・嚥下障害,失調症状
などもみられる.また高率に精神症状をともない,記憶障害,
うつ症状,被害妄想,多幸,注意力欠如,実行力の欠如,無抑
制,無関心などがめだつ.神経症状は新たな中枢神経系の急性
炎症の再発がなくても徐々に進行することがある(約 10~
30%,慢性進行型).男性に多く(90% 以上),human leukocyte antigen(HLA)-B51 陽性率も高く(後述),喫煙(90%
以上)とともに疾患の危険因子とされる3).
頭部 MRI では上記の好発部位に T2強調画像や FLAIR で
高信号がみとめられ,活動期には造影剤により増強される.拡
散強調画像でも高信号を呈することもあるが,一方で等信号
を呈することも多い.また異常所見は回復期には消褪するこ
とが多く,浮腫によるところが大きいと考えられている.慢性
進行型では第三脳室の拡大と脳幹・小脳・大脳の萎縮がめ
だってくる.
髄液ではしばしば細胞増加と蛋白増加がみられる.Interleukin(IL)-6 も増加し,とくに慢性進行型では数カ月にわ
たって 20pgml 以上の高値を示すことが報告されている3).
神経スウィート病の臨床所見
スウィート病でも脳炎や髄膜炎を発症することがあり,神
経スウィート病と呼ばれる(Table 1).神経スウィート病の男
女比は 1.5:1 で,多くが 30~60 代に発症する.神経症状は頭
痛,意識障害,てんかん,眼球運動障害,項部硬直,記憶障害,
構音障害,片・両麻痺,精神障害,失調,不随意運動(頻度順)
など様々である.脳炎では大脳皮質,大脳白質,小脳をふくめ,
中枢神経の様々な部位に左右非対称・散在性に,それほどの
頻度の差がなく病巣が出現する4).
脳炎の病巣は MRI では T2,FLAIR で高信号を呈すること
が多く,症状の消失にともない信号異常も消退することが多
い.造影剤による増強効果は約半数でみられる.
髄液検査では 150mgdl 以下の蛋白増加と 150μl 以下の
細胞増多を示す例が多い.IL-6,IL-8,interferon(IFN)-γ など
の増加が示されている5).
疾患の病態
神経ベーチェット病でも神経スウィート病でも病理所見の
主体は小静脈中心の血管周囲への好中球,T リンパ球,マクロ
ファージなどの浸潤であり,前者でも破壊性病変は比較的軽
度であるが,一部に壊死性血管炎もみられ,慢性進行型では組
織破壊の程度が増す.一方,神経スウィート病では壊死性血管
炎はみられず,慢性進行型に移行することはないと考えられ,
組織破壊像が概して軽微にとどまる1)6).
国立病院機構宮城病院神経内科〔〒989―2202 宮城県亘理郡山元町高瀬字合戦原 100〕
(受付日:2012 年 5 月 25 日)
神経ベーチェット病と神経スウィート病 52:1235
Table 1 神経スウィート病(neuro-sweet disease;NSD)の診断基準 文献 4)より引用.
(1)神経学的特徴
ステロイド全身投与が著効するか,または自然寛解するが,しばしば再発する脳炎または髄膜炎で,通常は 38℃ 以上の発熱を伴う
(2)皮膚科学的特徴
a)顔面,頸部,上肢,体幹上半部に好発する有痛性または圧痛を伴う紅斑性皮疹あるいは結節
b)真皮への好中球優位細胞浸潤があり,壊死性血管炎を伴わず,表皮は保たれる
(3)その他の特徴
a)ベーチェット病にみられる血管炎・血栓を伴う皮膚症状は呈しない
b)ベーチェット病にみられる典型的ぶどう膜炎はみられない
(4)HLA 相関
a)HLA-Cw1 または B54 陽性
b)HLA-B51 陰性
probable NSD:(1)(2)(3)全項目
possible NSD:(2)または(4)のいずれか,および(3)の a)または b)のいずれかを満たす症例で,何らかの神経症状・徴候を呈するもの
ただし,神経症状・徴候を説明できる他の神経疾患(神経ベーチェット病を除く)がないこと
Table 2 神経スウィート病(NSD)の HLA.
対照 ベーチェット病 スウィート病 Probable NSD
A 26 19/90 例(21%) 18/49 例*(37%) 2/28 例(7%) 3/18 例(17%)
B 51 15/90 例(17%) 25/49 例**(51%) 3/21 例(14%) 6/35 例(17%)
B 54 13/90 例(14%) 4/49 例(8%) 10/21 例**(48%) 26/35 例(74%)**†
Cw1 25/90 例(28%) 5/49 例(10%) 10/21 例(48%) 23/27 例(85%)**‡
**:対照に対し,p<0.01 *:対照に対し,p<0.05
‡:スウィート病に対して,p<0.01 †:スウィート病に対して,p<0.05
症例は全て日本人で,対照,スウィート病,ベーチェット病の数値は Mizoguchi らの文献 8)より引用
ベーチェット病では HLA-B51 が高率であり,とくに神経
ベーチェット病では 75% 以上,慢性進行型では 90% 以上と
いわれている.また,ベーチェット病では A26 も有意に陽性
率が高いとされる1)3)7).一方,スウィート病では HLA-B54
および Cw1 が高率であり,神経症状を有する例ではさらに高
率である4)8).したがっていずれの疾患でも神経系に病巣がで
きるメカニズムへの HLA の直接的な関与が示唆される(Table 2).
Mizuki ら9)はベーチェット病における全ゲノムの網羅的相
関解析にて IL-23 受容体遺伝子,IL-12 受容体遺伝子,および
IL-10 遺伝子(プロモーター領域)の変異が疾患と強い相関を
もつことを突き止め,これらの受容体のリガンドに対する易
刺激性亢進および IL-10 の発現量低下が病態に関与している
可能性を示唆した.すなわち,病因抗原の提示を受けたナイー
ブ T リンパ球から IL-23 受容体をもつ Th17 リンパ球と IL12 受容体をもつ Th1 リンパ球が分化し,前者が IL-6 や tumor necrosis factor(TNF)-α などを放出して好中球の活性化
をうながし,後者が IFN-γ などを放出して HLA-B51 や A26
をもつ細胞障害性 T リンパ球を活性化して過剰な免疫反応
を惹起すると想定している7)9).一方,スウィート病で細胞障
害性 T リンパ球が HLA-B54 および Cw1 を有しているばあ
いには過剰な免疫反応が惹起されず,好中球の機能亢進のみ
にとどまるという可能性も考えられる.なお,これらの HLA
は好中球の活性化への直接的な関与も示唆されている.
診 断
神経ベーチェット病と神経スウィート病には今のところ特
異的診断マーカーはなく,上記の臨床的特徴や危険因子であ
る HLA などを参考にして診断される.前述の IL-23 受容体遺
伝子,IL-12 受容体遺伝子,IL-10 遺伝子の変異との相関は病態
解明に寄与するだけでなく,その詳細が明らかになれば神経
症状が先行したベーチェット病を診断する際にも有用になる
と思われる.これらの遺伝子変異との相関がスウィート病で
も共通してみられるかは興味深いところであり,同じく神経
スウィート病の診断にも寄与する可能性がある.
治 療
好中球の機能亢進が主体をなす病初期では両疾患ともステ
ロイドを中心に治療が進められる.神経スウィート病ではス
テロイドの全身投与が著効することが多く,自然寛解するこ
ともあり,後遺症は蓄積しにくい4).一方,再発例も約 4 割と
多く,ステロイド漸減中に再発する症例も少なからずあり,好
中球制御のために colchicine や抗ハンセン病薬の dapsone
diaphenylsulfone がステロイドと併用される10).
慢性進行型神経ベーチェット病ではステロイドによる再発
予防は副作用の点で推奨されず,methotrexate の少量パルス
52:1236 臨床神経学 52巻11号(2012:11)
療法(7.5~15mg週,2 年後に漸減)が有効であるとされてい
る.また,これらの治療に抵抗性の症例に対しては infliximab
を中心とした TNF-α モノクローナル抗体併用の有効性も数
多く報告されてきている.その他に cyclophosphamide hydrate の静脈内 投 与,azathioprine,mycophenolate mofetil
など様々な免疫抑制薬の試みの報告がある.これらの薬剤の
作用機序については今後の研究の進展が待たれる1)3).
※本論文に関連し,開示すべき COI 状態にある企業,組織,団体
はいずれも有りません.
文 献
1)Al-Araji A, Kidd DP. Neuro-Behçetʼs disease: epidemiology, clinical characteristics, and management. Lancet
Neurol 2009;8:192-204.
2)Von den Driesch P. Sweetʼs syndrome (acute febrile neutrophilic dermatosis). J Am Acad Dermatol 1994;31:535-
556.
3)廣畑俊成. ベーチェット病の分子標的と制御. 最新医学
2010;65:59-64.
4)Hisanaga K, et al. Neuro-Sweet disease: Clinical manifestations and criteria for diagnosis. Neurology 2005;64:1756-
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5)Kimura A, et al. Longitudinal analysis of cytokines and
chemokines in the cerebrospinal fluid of a patient with
neuro-Sweet disease presenting with recurrent encephalomeningitis. Int Med 2008;47:135-141.
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autopsy case. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2007;78:997-
1000.
7)水木信久. 感受性遺伝子からみたベーチェット病の発症機
序. 眼科 2011;53:317-336.
8)Mizoguchi M, et al. Human leukocyte antigen in Sweetʼs
syndrome and its relationship to Behçetʼs disease. Arch
Dermatol 1988;124:1069-1073.
9)Mizuki N, et al. Genome-wide association studies identify
IL23R-IL12RB2 and IL10 as Behçetʼs disease susceptibility loci. Nat Genet 2010;42:703-706.
10)Fukae J, et al. Successful treatment of relapsing neuroSweetʼs disease with corticosteroid and dapsone combination therapy. Clin Neurol Neurosurg 2007;109:910-913.
Abstract
Neuro-Behçet disease and neuro-Sweet disease
Kinya Hisanaga
Department of Neurology, Miyagi National Hospital
Behçet disease and Sweet disease are multisystem inflammatory disorders involving mucocutaneous tissue
as well as nervous system (neuro-Behçet disease and neuro-Sweet disease). Pathological findings in the encephalitis are chiefly perivascular cuffing of small venules by neutrophils, T lymphocytes, and macrphages. Destruction
of the brain substrates is mild in neuro-Sweet disease compared with that of neuro-Behçet disease, especially that
of chronic progressive subtype. HLA (human leukocyte antigen)-B51 is frequently positive in neuro-Behçet disease, and the frequencies of HLA-B54 and Cw1 in neuro-Sweet disease are significantly higher than not only those
in Japanese normal controls but also those in patients with these diseases without nervous complications. These
HLA types are considered as risk factors which are directly associated with the etiology of these diseases. Prednisolone is usually used for the treatment of acute phase of both diseases. Methotrexate and infliximab are administered to patients with the chronic progressive type of neuro-Behçet disease. Colchicine and dapsone are prescribed to prednisolone-dependent recurrent cases of neuro-Sweet disease.
(Clin Neurol 2012;52:1234-1236)
Key words: neuro-Behçet disease, neuro-Sweet disease, human leukocyte antigen, cytotoxic T lymphocy
2024年10月24日 | カテゴリー:関節リウマチ リウマチ外来, 膠原病, 頭頚部症状, 脳神経系疾患, 皮膚科的疾患, 白血球異常 白血病・骨髄異形成症候群, 免疫疾患, リンパ節異常・リンパ球異常 |