肝炎ウイルス関連性血管炎について
B 型肝炎ウイルス(HBV)やC 型肝炎ウイルス(HCV)は持続感染から肝硬変や肝癌の原因となることが知られているが,同時に宿主の免疫応答や肝炎ウイルスの肝細胞以外への感染を介して血管炎を含む多彩な肝外症状を引き起こす.
とくに,HBV は結節性多発動脈炎,HCV はクリオグロブリン血症の誘因となり,これらはときにコントロール困難な血管炎となりうる.
一方,肝炎ウイルスは腎障害との関連性が強いが,ウイルス間で腎障害のスペクトラムが異なり,HBV では膜性腎症,HCV では膜性増殖性糸球体腎炎の頻度が高い.肝炎ウイルス関連性血管炎の治療では抗ウイルス療法による肝炎ウイルスの排除やウイルス量の低下が重要であり,重症例では血管炎の病勢コントロールのためにステロイド,免疫抑制剤や血漿交換が併用される.
近年のウイルス性肝炎の治療の進歩に伴い,肝炎ウイルス関連性血管炎の予後は改善
1.概要
動脈は血管径により、大型、中型、小型、毛細血管に分類される。結節性多発動脈炎(polyarteritis
nodosa:PAN)は、中型血管を主体として、血管壁に炎症を生じる疾患である。以前は PAN と共に一つの疾
患群として捉えられていた顕微鏡的多発血管炎(microscopic polyangiitis:MPA)は、毛細血管および細小
動・静脈を主体とする疾患であり、現在は、両者は独立した疾患概念とされている。また、抗好中球細胞質
抗体(antineutrophil cytoplasmic antibody:ANCA)も PAN 患者血清中には検出されず、現時点では、この
疾患に対する特異性の高い診断マーカーは存在しない。フランスなどでは、B 型肝炎ウイルス感染に伴っ
て発症する症例が相当数報告されているが、本邦ではまれにしか認められない。
PAN の平均発症年齢は 53 歳で MPA よりも若年で、男女比は1:1と男女差は認めない。
2.原因
肝炎ウイルスや他のウイルス感染を契機に発症するという報告もあるが、多くの症例では原因は不明で
ある。
3.症状
症状は多彩で、炎症による全身症状と罹患臓器の炎症及び虚血、梗塞による臓器障害の症状の両者か
らなる。
A.全身症状
全症例の中で、発熱(38℃以上)が 54%に、体重減少(6 か月で 6 kg 以上減少)が 28%に、高血圧が
23%の症例に認められる。発熱に悪寒・戦慄を伴うことはまれである。高血圧は、腎動脈狭窄に伴う腎血流
低下によるレニンーアンジオテンシン系亢進に起因し、悪性高血圧の所見を呈する。
B.臓器症状
皮膚症状(紫斑、潰瘍、皮下結節、網状皮斑)を 83%に、筋肉・関節症状を 75%に、末梢神経炎を 49%
に、中枢神経症状(脳梗塞、脳出血)を 12%に、肺・胸膜症状を 24%に、それぞれ認める。また、腎障害(急
性腎障害)、消化器症状(消化管出血、穿孔、梗塞)、心症状(心筋梗塞、心外膜炎)や、眼症状などを呈す
ることもあるがまれである。
C.皮膚動脈炎(皮膚型結節性多発動脈炎)
皮膚に症状が限局する場合、皮膚動脈炎と呼ばれる。皮膚症状以外に発熱を認めることもあり、また皮
膚病変近傍の関節痛、筋痛、末梢神経障害を伴うこともある。
4.治療法
腎障害、出血などの消化管病変、心筋病変、中枢神経病変をともなう重症例に対しては、寛解導入治療
としてグルココルチコイドと、静注シクロホスファミドパルス又は経口シクロホスファミド投与を併用する。重
症でない症例に対する寛解導入治療は、グルココルチコイド単独で治療するが、治療効果が不十分の場合、
静注シクロホスファミドパルス又はアザチオプリンを追加併用する。
皮膚動脈炎のうち、皮膚潰瘍や壊疽など皮膚症状が難治性もしくは重症な症例に対しては、経口グルコ
コルチコイドを使用しても良い。
注1:治療内容を検討する際には、最新の診療ガイドラインを参考にすること。
5.予後
早期に診断し、血管病変が重症化しない時期に治療を開始することが重要である。早期に治療を行なう
ことで、完全寛解に至る症例もある。逆に治療開始が遅延すると、脳出血、消化管出血・穿孔、膵臓出血、
心筋梗塞、腎不全で死亡する頻度が高くなる。
大半の症例は、多少の臓器障害を残し寛解に至る。特に知覚神経障害、運動神経障害、維持透析で QOL
(quality of life)の低下を来す症例が多い。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
2,273 人
2.発病の機構
不明(何らかの感染の関与が示唆されている。)
3.効果的な治療方法
未確立(副腎皮質ステロイド治療などが必要だが、寛解、増悪を繰り返す。)
4.長期の療養
必要(合併症を含め長期療養が必要。)
5.診断基準
あり
6.重症度分類
結節性多発動脈炎の重症度分類を用いて、1)又は 2)の該当例を対象とする。
○ 情報提供元
難治性疾患等政策研究事業「難治性血管炎の医療水準・患者 QOL 向上に資する研究班」
研究代表者 東京女子医科大学医学部内科学講座膠原病リウマチ内科学分野 針谷 正
表 1 血管炎のカテゴリーと疾患
CHCC2012 原文 8) 日本語訳
Large vessel vasculitis, LVV 大型血管炎
Takayasu arteritis, TAK 高安動脈炎*
Giant cell arteritis, GCA 巨細胞性動脈炎*
Medium vessel vasculitis, MVV 中型血管炎
Polyarteritis nodosa, PAN 結節性多発動脈炎*
Kawasaki disease, KD 川崎病
Small vessel vasculitis, SVV 小型血管炎
Antineutrophil cytoplasmic antibody (ANCA)-associated vasculitis, AAV 抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎
Microscopic polyangiitis, MPA 顕微鏡的多発血管炎*
Granulomatosis with polyangiitis (Wegenerʼs), GPA 多発血管炎性肉芽腫症(Wegener肉芽腫症)*
Eosinophilic granulomatosis with polyangiitis (Churg-Strauss), EGPA 好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(Churg-Strauss症候群)*
Immune complex SVV 免疫複合体性小型血管炎
Anti-glomerular basement membrane (anti-GBM) disease 抗糸球体基底膜抗体病(抗GBM病)*
Cryoglobulinemic vasculitis, CV クリオグロブリン血症性血管炎*
IgA vasculitis (Henoch-Schönlein), IgAV IgA血管炎(Henoch-Schönlein紫斑病)*
Hypocomplementemic urticarial vasculitis, HUV (anti-C1q vasculitis) 低補体血症性蕁麻疹様血管炎(抗C1q血管炎)*
Variable vessel vasculitis, VVV 多様な血管を侵す血管炎
Behçetʼs disease, BD Behçet病*
Coganʼs syndrome, CS Cogan症候群
Single-organ vasculitis, SOV 単一臓器血管炎
Cutaneous leukocytoclastic angiitis 皮膚白血球破砕性血管炎
Cutaneous arteritis 皮膚動脈炎
Primary central nervous system vasculitis 原発性中枢神経系血管炎
Isolated aortitis 限局性大動脈炎
Vasculitis associated with systemic disease 全身性疾患関連血管炎
Lupus vasculitis ループス血管炎
Rheumatoid vasculitis リウマトイド血管炎*
Sarcoid vasculitis サルコイド血管炎
Vasculitis associated with probable etiology 推定病因を有する血管炎
Hepatitis C virus-associated cryoglobulinemic vasculitis C型肝炎ウイルス関連クリオグロブリン血症性血管炎*
Hepatitis B virus-associated vasculitis B型肝炎ウイルス関連血管炎
Syphilis-associated aortitis 梅毒関連大動脈炎
Drug-associated immune complex vasculitis 薬剤関連免疫複合体性血管炎
Drug-associated ANCA-associated vasculitis 薬剤関連ANCA関連血管炎
Cancer-associated vasculitis がん関連血管炎
*本ガイドラインで扱う疾患
(Jennette JC, et al. 2013 8)より
表 7 高安動脈炎の診断基準 A.症状 1. 全身症状:発熱,全身倦怠感,易疲労感,リンパ節腫脹(頚部),若年者の高血圧(140/90 mmHg以上) 2. 仏痛:頚動脈痛(carotidynia),胸痛,背部痛,腰痛,肩痛,上肢痛,下肢痛 3. 眼症状:一過性又は持続性の視力障害,眼前明暗感,失明,眼底変化(低血圧眼底,高血圧眼底) 4. 頭頚部症状:頭痛,歯痛,顎跛行※a ,めまい,難聴,耳鳴,失神発作,頚部血管雑音,片麻痺 5. 上肢症状:しびれ感,冷感,拳上困難,上肢跛行※b ,上肢の脈拍及び血圧異常(橈骨動脈の脈拍減弱,消失,10 mmHg以上の血圧左右差), 脈圧の亢進(大動脈弁閉鎖不全症と関連する) 6. 下肢症状:しびれ感,冷感,脱力,下肢跛行,下肢の脈拍及び血圧異常(下肢動脈の拍動亢進あるいは減弱,血圧低下,上下肢血圧差※c ) 7. 胸部症状:息切れ,動悸,呼吸困難,血痰,胸部圧迫感,狭心症状,不整脈,心雑音,背部血管雑音 8. 腹部症状:腹部血管雑音,潰瘍性大腸炎の合併 9. 皮膚症状:結節性紅斑 ※a 咀嚼により痛みが生じるため間欠的に咀嚼すること ※b 上肢労作により痛みや脱力感が生じるため間欠的に労作すること ※c 「下肢が上肢より10~30 mmHg高い」から外れる場合 B.検査所見 画像検査所見:大動脈とその第一次分枝※a の両方あるいはどちらかに検出される,多発性※b またはびまん性の肥厚性病変※c ,狭窄性病 変(閉塞を含む)※d あるいは拡張性病変(瘤を含む)※d の所見 ※a 大動脈とその一次分枝とは,大動脈(上行,弓行,胸部下行,腹部下行),大動脈の一次分枝(冠動脈を含む),肺動脈とする. ※b 多発性とは,上記の2つ以上の動脈または部位,大動脈の2区域以上のいずれかである. ※c 肥厚性病変は,超音波(総頚動脈のマカロニサイン),造影CT,造影MRI(動脈壁全周性の造影効果),PET-CT(動脈壁全周性の FDG取り組み)で描出される. ※d 狭窄性病変,拡張性病変は,胸部X線(下行大動脈の波状化),CT angiography, MR angiography,心臓超音波検査(大動脈弁閉 鎖不全),血管造影で描出される.上行大動脈は拡張し,大動脈弁閉鎖不全を伴いやすい.慢性期には,CTにて動脈壁の全周性石 炭化,CT angiography, MR angiographyにて側副血行路の発達が描出される. 画像診断上の注意点:造影CTは造影後期相で撮影.CT angiographyは造影早期相で撮影,三次元画像処理を実施.血管造影は通常, 血管内治療,冠動脈・左室造影などを同時目的とする際に行う. C.鑑別診断 動脈硬化症,先天性血管異常,炎症性腹部大動脈瘤,感染性動脈瘤,梅毒性中膜炎,巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎),血管型ベーチェット病, IgG4関連疾患 < 診断のカテゴリー> Definite: Aのうち1項目以上+ Bのいずれかを認め,Cを除外したもの. (参考所見) 1.血液・生化学所見:赤沈亢進,CRP 高値,白血球増加,貧血 2.遺伝学的検査:HLA-B*52またはHLA-B*67保