ANPとBNPについて
心不全患者における神経体液性因子の重要性
心不全患者のおける交感神経系、レニンアンジオテンアルドステロン系やナトリウム利尿ペプチドなどはそれぞれが心不全の病態形成に非常に重要な役割を担っており、また患者さんの長期予後に関連します。 急性心不全患者の心不全重症度とBNP分子比の関連性: ナトリウム利尿ペプチドにはA型(心房性)ナトリウム利尿ペプチド、B型(脳性)ナトリウム利尿ペプチド(B N P)、C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)の3種類がありguanylyl cyclase活性を有する機能的受容体に結合し産生されるサイクリックG M Pを介して生理的作用を発揮します。(図1)
心不全患者では心負荷の増加によりナトリウム利尿ペプチドの一つであるBNPの産生増加が生じます。この時にBNPの前駆体から幾つかのステップを経て108個のアミノ酸からなるproBNPが生成されます。ProBNPはその後糖鎖修飾とよばれるステップを経て生理活性の無いN末端proBNP(NTproBNP)と強い生理活性をもつmature BNP に分かれ血中に放出されます(BNPプロセシング:図2)。この際、相応量の糖化されたproBNPは切断を受けずにそのまま血中に放出されることが知られていました。
このproBNPの生理活性は非常に低いこと、心不全患者ではproBNPが増加することが知られておりました。このproBNPの生理活性はmature BNPに比較して弱いことからproBNPの比率が高まってしまうとBNPの心保護効果が減弱する可能性があり心不全の患者さんにとってこの比率は重要であると考えられてきました。しかし詳しい数値(全体のBNPにおける割合)や心不全重症度との関連性、急性心不全患者での動態などは不明でした。
高濱らは国立循環器病研究センターで共同研究者らとこのproBNPの個別測定系(図2) を用いて急性心不全患者のproBNPの個別分子測定を実施し、重症度の高い心不全患者では軽症心不全患者に比して入院初期(急性期)にproBNPが優位となる現象を報告してています。 また、ナトリウム利尿ペプチドの分解や代謝の過程で、ネプリライシンはナトリウム利尿ペプチドを分解する作用があり、ネプリライシンを阻害する作用を持つサクビトリルバルサルタンは心不全患者の長期予後を改善することが海外の報告で示されています。
また、BNPの個別分子の代謝の違い:活性型BNPはクリアランス受容体などの受容体代謝を受けるのに対しNT-proBNPは腎代謝が主体で体内から徐々に除去されます。高濱らは心不全患者における活性型BNPの推定値を算出しNT-proBNPの比率を解析、この比率について腎機能が入院中に悪化する患者さんと腎機能が保たれる患者さんでの差異を見出し、腎機能悪化の予測にも有用であることを示しています。
【 ANP 】
ANPについても幾つかの個別分子の存在が知られており、心不全患者においての血中の分布(図3)や、ANPの前駆体であるproANP自体がその予後予測に有用であります。
サクビトリル(NEP阻害薬)の作用機序
ネプリライシン(NEP)は、BNPの右図の3カ所に作用し、BNPを分解します。
サクビトリルは、このネプリライシンの作用を阻害することで、BNPの分解を抑制します。
その結果、BNPが上昇する可能性があり、心不全のモニタリングには使いづらくなります。ARNI治療患者の心不全モニタリングにおいては、BNPが上昇する場合があるため注意が必要です。
この研究報告では、ARNI治療群はエナラプリル治療群よりもNT-proBNPは有意に低下していますが、BNPは逆に上昇しています。すなわち、NT-proBNPはネプリライシン阻害による影響を受けることなく、患者の病態を的確に反映すると考えられます。
NT-proBNPは血清検体での測定が可能なため、採血本数の削減および患者負担の軽減に有用です
サクビトリル/バルサルタン(ARNI)治療患者ではBNP値の予後予測能が低いとされ、NT-proBNPの測定が推奨されている。ノルウェーのAkershus UniversityのMyhreらは、PARADIGM-HF試験データ(n=8,442)に基づき、この推奨を再検討した。
BNP値はARNI開始後早期に有意味に上昇することがある。他方、NT-proBNP値の上昇はネプリライシン阻害後には極めて稀であった。従ってARNI開始後8~10週時点でのその測定により臨床的混乱は避けられる。ARNI治療の予後予測能は両者同等であった。
現在の推奨におけるNT-proBNPの推奨には意味があるものの、BNPの忌避には大きな意味がないことを示した。
ドライウエイト設定の指標 hANPとBNPについて
現在使用されている有用なDW設定の指標として、次の5つがあります。
(1)除水による血圧変動を中心とした理学的所見設定にあたり、ある程度の経験も必要
(2)胸部X線上の心胸比(CTR)古典的だが、心疾患など一部を除けばゴールデンスタンダード
(3)下大静脈(IVC)径循環血液量と密接に相関。簡便でリアルタイムに評価できる。
(4)BNP心筋障害患者には有用。(5)ヘマトクリットモニター循環血液量の相対的変化しか知ることが出来ない。
使い方によっては有用なDW設定の指標、もしくは今後改良が必要な指標として次の4つがあります。
(1)バイオインピーダンス再現性、普遍性に問題あり。
(2)ANP循環血液量との相関はIVC径ほど明らかでない。
(3)心拍出量モニター非侵襲的、かつ連続的モニターが望まれる。
(4)cGMPANPほど一般化していない。
DW設定の指標の中でも、診断や評価の精度が高いものとして挙げられるのが、心胸比(CTR)です。
心胸比が分かりにくい患者さんの場合、DW設定の指標にもある、補助的な検査を追加して行う事があります。
hANPとは何か?hANP⇒ヒトA型(心房性)ナトリウム尿ペプチド 主に心房で合成、貯蔵され血中に分泌されるホルモンです。 心房圧による心房筋の伸展によって刺激されるため、値が高値の場合は心房負荷や循環血漿量の増加を起こす病態が存在することを示唆しています。hANPは心不全や腎不全などの重症度や治療効果を判定する時に用いられます。又、透析除水で素早く低下するため、透析終了直後に測定し、ドライウエイト設定に用います。
BNPとは? BNP⇒B型(脳性)ナトリウム利尿ペプチ 心室で合成されるホルモンです。左室拡張期圧上昇、左室拡張期容積増大、左室肥大あるいは心筋虚血などの心室負荷により刺激されるため、心不全の診断や重症度評価、心肥大の治療効果の確認などを行うときに用いられます。BNPはhANPに比較して変化率が大きいのが特徴です例えば、重症の心不全ではhANPよりはるかに上昇するため、心不全の指標としてはhANPより優れています。また、経時的に見ることでドライウエイト設定の参考にもなります。
基準値について(hANP)
hANPの基準値は50~100pg/ml以
下をDW達成の目安とします。
25pg/ml未満では脱水としてドライ
ウエイトを上げることを考え、100p
g/ml以上では、うっ血状態としてド
ライウエイトを下げることを考えます。
hANPは体位変換の影響を受けやす
いため、透析終了後寝たままで検査し
ます。
hANPは心房細動などでも高値にな
るため、患者個々で適正な値を探す必
要があります。
基準値について(BNP)
BNPは腎不全で代謝が落ちるため、
透析患者では心不全でなくても高値を
示します。そのため、適正なドライウ
エイトにあり、かつ心不全を認めない
時点で測定した値を各個人の基準値と
します。
この基準値よりも高値の場合は
「息苦しい、胸が苦しい、胸が痛い」
といった心臓病の症状や
「易疲労感、食欲不振、心窩部不快感、
腹部膨満感」といった心臓病の不定愁
訴が起こりやすくなります。
hANPが適正にも関わらず、BNPが各
個人の基準値より上昇していたり、心
臓病の症状が出現している場合には、
ドライウエイトの再設定だけでなく、
新たな心臓病を疑って精査したり、重
度の貧血などの循環不全がないかを考
える必要があります。
おわりに
DW設定をする上で一番良く使われるものが心胸比ですが、
それだけで評価することができない時に補助的に検査を追
加することで、より正確なDW設定を行う事ができます。