アイザックス症候群/難病119
「アイザックス症候群」
持続性の手足や体幹の筋けいれん(筋肉のつり)、ミオキミア(波打つ様な筋の動き)を特徴とする病気です。またニューロミオトニア(手指や足趾の開排制限:グーを握った後になかなかパーが出来ない)を伴います。そのほかに、著明な発汗、手足の焼け付く様な痛みや異常感覚を伴うこともあります。
正確な数は不明ですが、国内の調査では患者数は100名~数100名前後と推測されています。
なりやすい体質のようなものはありません。ただし胸 腺腫 をお持ちの方や重症筋無力症の方に合併しやすい傾向があります。
原因はまだ不明ですが、電位 依存性 カリウムチャネル(VGKC)に対する 自己抗体 など、自己免疫的な 機序 で、 末梢神経 の過剰興奮によって症状が引き起こされると考えられています。
基本的には遺伝しません。
有痛性の筋けいれん、ニューロミオトニアが主な症状ですべての患者さんに認められます。筋けいれんは睡眠中にも起こり、運動をした後や、 寒冷曝露 などで悪化します。持続性の筋けいれんにより筋肉の肥大をきたすこともあります。そのほか、発汗過多、下痢や便秘などの消化器症状、皮膚の色調変化、原因不明の高体温などの自律神経症状を30~50%の患者さんで伴います。手足の激しい痛みや異常感覚を伴うこともまれではありません。
根本的な治療法はなく、筋けいれんの管理が主になります。日常生活にさほどの影響がない軽症の場合は、末梢神経の過剰興奮を抑制する抗てんかん薬の内服を行います。抗てんかん薬が無効な場合や、激しい有痛性筋けいれんなどにより日常性生活に重大な支障がある場合は、副腎皮質刺激ホルモンの注射や 血液浄化療法 による治療などがあります。 免疫グロブリン大量療法 については、有効例と悪化例が報告されているので注意が必要です。
症状の重症度によって個人差があります。
症状に応じた対応が必要ですが、一般的なこととして、免疫治療を受けている場合は感染の予防は重要です。
非常に稀ですが、アイザックス症候群の症状に加えて、不眠、記憶障害、 幻覚 などの中枢神経症状を伴うモルバン症候群があります。アイザックス症候群の最重症型としてとらえられ、約半数例で胸腺腫や肺がんなどを合併していて、腫瘍に対する治療が必要となります。また2~3ヵ月の経過で進行する記憶障害、片側の顔面と上肢に限局した特徴的な 不随意運動 を呈する脳炎(抗VGKC複合体抗体関連脳炎あるいは抗LGI-1抗体関連脳炎)があり、アイザックス症候群を引き起こす自己抗体類縁の抗体による自己免疫的機序が想定されています。こちらの場合は、ステロイドへの反応は良好と考えられています。
1.概要
アイザックス症候群は、持続性の四肢・躯幹の筋けいれん、ミオキミア、ニューロミオトニアを主徴とする疾患である。電位依存性カリウムチャネルに対する自己抗体(抗 VGKC 複合体抗体)が関連する。より重症型のモルバン症候群は、上記に加え、不整脈、尿失禁などの多彩な自律神経系の症状と重度の不眠、夜間行動異常、幻覚、記銘力障害などの中枢神経症状を呈する。また、健忘、失見当識障害、てんかん発作など中枢神経症状のみを呈する抗 VGKC 複合体抗体関連脳炎という疾患単位もある。
2.原因
発症機構については不明である。一部の症例に胸腺腫が関連している。免疫介在性に末梢神経終末部の電位依存性カリウムチャネル(VGKC)の機能障害が起こるとされている。抗 VGKC 複合体抗体の陽性率は、約3割程度である。
3.症状
アイザックス症候群の中心となる症候は末梢運動神経の過剰興奮性によるものであり、四肢、躯幹に見られる筋けいれん、筋硬直、ニューロミオトニア(叩打性ミオトニアを認めない神経由来の筋弛緩遅延)と、ミオキミア、線維束れん縮などの不随意運動を特徴とする。持続性の筋けいれん・筋硬直は筋肥大を起こすこともあり、更に強くなると筋力低下が見られることもある。運動症状のみならず、疼痛、しびれ感などの感覚異常もしばしば見られる。時に複合性局所疼痛症候群様の激しい痛みで日常生活動作が制限される。その他に自律神経の興奮性異常によると思われる発汗過多、皮膚色調の変化、高体温を示す場合もある。筋けいれん・筋硬直が高度となり、疼痛とともに、歩行や体動が困難となり日常生活に重大な支障を生じる。一方、モルバン症候群は、アイザックス症候群の典型的な症状に、大脳辺縁系の異常を示唆する空間的・時間的記銘力障害、幻覚、近時記憶障害、不眠、複雑な夜間行動障害や、不整脈、便秘、尿失禁などの多彩な自律神経症状を伴う。
4.治療法
根治療法は確立していない。アイザックス症候群関連疾患はいずれも希な疾患で、RCT 等のエビデンスはない。もし胸腺腫や肺癌を合併している場合は、その切除により臨床症状の改善が見られる。しかし切除後もある程度症状が持続することがあり、その際には後療法として免疫療法や対症療法が必要なことがある。基本的な治療方針は、日常生活にさほど影響がなければ、まずは、末梢神経のナトリウムチャネルを抑制することで過剰興奮性を抑える抗てんかん薬などによる対症療法を行う。抗 VGKC 複合体抗体陽性で、自己免疫関連と考えられる症例、難治症例や、日常生活に著しい支障を来す場合は、血漿交換による抗 VGKC 複合体抗体の除去が有効である。重症筋無力症合併例では、血漿交換後のステロイドとアザチオプリンの併用での後療法が推奨されている。また、一部の症例でリツキシマブ投与が有効である。
5.予後
発症要因は不明で、発症すると症状は持続し自然寛解はまれである。症状は寒冷などの自然環境や運動、日常生活の負荷により変動する。治療によって症状の改善を見るが、完治までは至らないことが多く、長期にわたる治療を要する。
○ 要件の判定に必要な事項
1. 患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
100 人未満
2. 発病の機構
不明(自己抗体などによる末梢神経終末部での電位依存性カリウムチャネルの機能異常と関連)
3. 効果的な治療方法
未確立(抗てんかん薬による対症療法、ステロイド、血漿交換療法)
4. 長期の療養
必要(再発性の疾患である。)
5. 診断基準
あり(免疫性神経疾患に関する調査研究班作成の診断基準あり。)
6. 重症度分類
機能的評価:Barthel Index 85 点以下を対象とする。
○ 情報提供元
「神経免疫疾患のエビデンスに基づく診断基準・重症度分類・ガイドラインの妥当性と患者QOLの検証」班
研究代表者 千葉大学大学院医学研究院 脳神経内科学 教授 桑原 聡
研究分担者 徳島大学病院 脳神経内科 教授 和泉 唯信
<診断基準>
Definite、Probable を対象とする。
アイザックス症候群の診断基準
A.主要症状・所見
1. ニューロミオトニア(末梢神経由来のミオトニア現象で、臨床的には把握ミオトニアはあるが、叩打ミオトニアを認めないもの)、睡眠時も持続する四肢・躯幹の持続性筋けいれん又は筋硬直(必須)
2. Myokymic discharges、neuromyotonic discharges など筋電図で末梢神経の過剰興奮を示す所見
3. 抗 VGKC 複合体抗体が陽性(72pM 以上)
4. ステロイド療法やその他の免疫療法、血漿交換などで症状の軽減が認められる。
B.支持症状・所見
1. 発汗過多
2. 四肢の痛み・異常感覚
3. 胸腺腫の存在
4. 皮膚色調の変化
5. その他の自己抗体の存在(抗アセチルコリン受容体抗体、抗核抗体、抗甲状腺抗体)
C.鑑別診断
以下の疾患を鑑別する。
スティッフ・パーソン症候群や筋原性のミオトニア症候群、糖原病V型(McArdle病)などを筋電図で除外する。
<診断のカテゴリー>
Definite:Aのうち全てを満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外したもの
Probable:Aのうち1に加えて、その他2項目以上を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外したもの
Possible:Aのうち1を満たし、Bのうち1項目以上
<診断のポイント>
自己免疫的機序で、末梢神経の過剰興奮による運動単位電位(MUP)の自動反復発火が起こり、持続性筋収縮に起因する筋けいれんや筋硬直が起こる。末梢神経起源なので叩打ミオトニアは生じないが、把握ミオトニア様に見える手指の開排制限は起こりうる。
<重症度分類>
機能的評価:Barthel Index 85 点以下を対象とする。
質問内容 | 点数 | ||
1 | 食事 | 自立、自助具などの装着可、標準的時間内に食べ終える | 10 |
部分介助(例えば、おかずを切って細かくしてもらう) | 5 | ||
全介助 | 0 | ||
2 | 車椅子からベッドへの移動 | 自立、ブレーキ、フットレストの操作も含む(歩行自立も含む) | 15 |
軽度の部分介助又は監視を要する | 10 | ||
座ることは可能であるがほぼ全介助 | 5 | ||
全介助又は不可能 | 0 | ||
3 | 整容 | 自立(洗面、整髪、歯磨き、ひげ剃り) | 5 |
部分介助又は不可能 | 0 | ||
4 | トイレ動作 | 自立(衣服の操作、後始末を含む、ポータブル便器などを使用している場合はその洗浄も含む) | 10 |
部分介助、体を支える、衣服、後始末に介助を要する | 5 | ||
全介助又は不可能 | 0 | ||
5 | 入浴 | 自立 | 5 |
部分介助又は不可能 | 0 | ||
6 | 歩行 | 45m以上の歩行、補装具(車椅子、歩行器は除く)の使用の有無は問わず | 15 |
45m以上の介助歩行、歩行器の使用を含む | 10 | ||
歩行不能の場合、車椅子にて45m以上の操作可能 | 5 | ||
上記以外 | 0 | ||
7 | 階段昇降 | 自立、手すりなどの使用の有無は問わない | 10 |
介助又は監視を要する | 5 | ||
不能 | 0 | ||
8 | 着替え | 自立、靴、ファスナー、装具の着脱を含む | 10 |
部分介助、標準的な時間内、半分以上は自分で行える | 5 | ||
上記以外 | 0 | ||
9 | 排便コントロール | 失禁なし、浣腸、坐薬の取扱いも可能 | 10 |
ときに失禁あり、浣腸、坐薬の取扱いに介助を要する者も含む | 5 | ||
上記以外 | 0 | ||
10 | 排尿コントロール | 失禁なし、収尿器の取扱いも可能 | 10 |
ときに失禁あり、収尿器の取扱いに介助を要する者も含む | 5 | ||
上記以外 | 0 |
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
2025年2月27日 | カテゴリー:脳神経系疾患 |